財団法人 大阪市農業センター

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大阪市なにわの伝統野菜

玉造黒門越瓜

栄華を極めた武士をも魅了した伝統野菜 市民の手で平成に蘇る

玉造にある黒門近くで栽培されたシロウリ

越瓜をシロウリと読むのは難読です。さらに黒門がプラスされるのですから、白いのか、黒いのか、色も迷ってしまいそうです。シロウリは古代中国の越(えつ)の国から伝わったことから、越瓜と書いてシロウリと読みます。黒門は江戸時代の栽培地が、大阪城の玉造門あたりであったことに由来します。玉造門が黒塗りであったことから黒門と呼ばれていたからです。つまり、玉造には黒門があり、越の国から伝わったウリを栽培したことで玉造黒門越瓜と呼ばれたと推測されます。

地元の名産のコラボレーションが美味しい名物に。

『名物名産略記(1836年)』には、玉造付近で作られて名産となった緑色の果実のシロウリを玉造黒門越瓜として記されています。一般には「くろもん」と呼ばれていたそうです。
江戸時代の玉造には高津屋吉右衛門家という有力町人がおり、吉右衛門肝煎地と呼ばれた畑地で越瓜の生産に力を入れ、白瓜市場も開いていました。
また、この頃の玉造には酒造業が栄えていたため、酒造りから出る酒糟と、地元で収穫される玉造黒門越瓜によって生まれた粕漬が名物になったのです。
漬物となった越瓜について、狂歌師の鯛屋貞柳は「黒門といえども 色はあおによし 奈良漬にして 色をしろうり」と一首とどめています。

庶民の野菜はいつしか自家消費に、そして生産が復活

明治時代まで、たくさん食べられていた野菜のひとつでした。いつしか玉造黒門越瓜の農家での生産は皆無となったものの、種子は自家消費用として根強い需要があり種苗店で販売されてきました。かつての生産地に近い玉造稲荷神社での栽培や、市民の普及団体による取り組みをきっかけに東成区役所を中心に普及活動が活発化し、現在は市内農家による栽培が復活しています。
野菜のふるさと…中央区
現在の栽培地…住吉区 東住吉区 平野区
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